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【第8回】霊訓を読んで一番驚いたこと - 3
真理によって地球と人類は進化の途上にある事を知りました。同時に、進化には霊的なものと物的なものがある事を知りました。今まではそれらを混同していて 曖昧でした。そのため真実が見えてこなかったのです。私が優れていると思ったのは、人類の物的要素の部分に対してであり、絶望したのは霊的要素の部分に 対してだったのです。 霊は自我意識が発現しはじめた瞬間から存在し、その時点から霊的進化が始まったのです。身体的に見れ ば人類は、事実上、進化の頂点に達しました。が、霊的にはまだまだ先は延々と続きます。 (シルバーバーチの霊訓3/144ページ) ここから分かるのは、人類は身体的にはほぼ完成の域に達していることです。例え変化があったとしても原型が大きく変わることはない、とシルバーバーチは言 っています。身体が完成するに伴い、人類は物質文明を急速に開花させ発展させてきました。そして私は、物質文明の発展を見て人類を優れていると思ってい たのです。 物質(肉体)と霊から成り立っている人間は、そのうちの物質部分がほぼ完成しているだけで、霊性進化はまだ始まったばかりなのです
2004年11月18日
【第7回】霊訓を読んで一番驚いたこと - 2
霊訓は、たとえ一節でも人の意識を大きく変える力があります。感銘する箇所が多ければ多いほど、深く感銘すればするほど意識を大きく変 えることができます。今回はそれについてお話したいと思います。 1. 地球の様々な問題は、真理普及によってすべて解決する 人類が抱えている様々な問題の原因は、人類の霊性の低さにあることを霊的真理から知り衝撃を受 けました。なぜなら、これまで私 は、問題ごとに原因があると考えていたからです。全ての問題 は霊性の低さというたった一つに起因するのです。 さらに霊訓はその解決法も述べてくれています。地上の病巣の原因とその治療法を同時に示して いるのです。ですから、私は原因が 取り除かれれば山積している問題の多くが一気に根本から解 決するのも夢ではないと思いました。希望が湧いてきて、人類救済のた めに霊界と共に働きたい と強く思うようになりました。 それは病気に立ち向かう人の気持ちと同じように思います。人は病名が分からない時は不安です が、ひとたび病名が分かれば医師の 立てた治療方針に従い、医師と共に治療に
2004年11月4日
【第6回】霊訓を読んで一番驚いたこと-1
シルバーバーチの霊訓を読むことは驚きと発見の連続ですが、中でも一番驚いたのは次の一節です。 あなた方より進化している人間的存在の住む天体は沢山あります。地球と呼ばれている惑星は、この大宇宙に存在する無数の惑星の一つに過ぎません。しかも、地球より劣っている天体は一つあるだけです。(シルバーバーチは語る/202ページ) ニューズレター13号ではさらにこれを端的に述べています。地球は宇宙で下から二番目に低い星である事と、低いがゆえに起こる問題点、加えて他の惑星との 違いを述べています。 その内容はとても衝撃的でした。なぜなら今の地上界の混乱は、人類の進化レベルの低さにあると明確に述べられていたからです。 子供の頃の私は、「人類は地球の頂点に立ち、万物を支配し、文明を発展させている優れた存在だ」とばかり思っていました。その人類が住む地球は、当然素晴 らしい星だと思っていました。また我が地球は、無機質的な殺伐とした宇宙の中にあって、ただ一つ、生命豊かな特別な星であると思っていました。 しかし成長するにつれて、今まで自分が抱いていた人類とは全く違
2004年10月21日
【第5回】最高の奉仕は霊的真理の普及
最高の奉仕は霊的真理を伝える事にある、とシルバーバーチは言っています。この意味を正しく知るまで私は、随分と迷いました。しかし今で は、色々ある奉仕の中で真理を伝えることは最高の奉仕であると確信しています。 迷った理由は、シルバーバーチが「人の為に役立つ事をしなさい」と繰り返し述べている中で、人の為に役立つ事なら何でも良いと言っている こともあれば、真理の普及が最高の奉仕であると述べていることもあるからです。 霊訓に出会った当初の私は、真理の深い意味を理解していなかったので、その違いがよく分からなかったのです。 私が混乱した二つの箇所を上げてみます。 私たちの目には人のために役立つことをする人は全て立派な人物ですが、その“役に立つ”ということは真理を普及することだけに限られるわけではありません。他にもいろいろあります。 病に蝕まれた身体で苦しんでいる人々をその痛みから解放してあげる仕事、不正と圧政に闘いを挑む仕事、憎み合いを止めさせる仕事、自由を守り邪を排除し、魂の奥にある大霊の資質を発揮させる仕事、こうし た仕事は真の意味でのサービスと言え
2004年10月7日
【第4回】全人類は霊的家族-2
コラム第3回で、「肉体の絆はこの世限りの、一時的なものに過ぎない事を理解した」と書きましたが、私がそこに至るまでには多くの時間を要しました。 なぜなら私は、神の愛とは程遠い家族愛を気高い愛だと思い込んでいたからです。家族に抱く愛情を真実の愛だと思っていたので、霊的家族愛など考えたこともなく、肉体次元の愛で満足していたのです。 それは家庭(家族)を持ったことが一因になっていると思います。家族を持たなければ、神と同じとはいかないまでも、もう少し程度の高い愛を求めていたかもしれない。神はなぜ私たちに家族を持たせ、程度の低い愛を体験させるのか。とても疑問に思いました。 がそれは、愛の訓練のためなのです。肉体の絆で結ばれた家族は、無条件に愛せます。家族愛は本能的愛ではありますが、それだけに家族を守ろうという強い愛が持てます。家族のためならと犠牲や奉仕の精神、家族だから許そうと寛容の心、家族と共に頑張ろうという協調性、これらを養い発現するために家族は必要なのです。 楽に愛せる家族で神性を発現し、それをより広い外向的愛に応用させていくのが、家族を持った意味であ
2004年9月16日
【第3回】全人類は霊的家族-1
私は霊訓の中の霊的家族という訓えに、深い感銘を受けました。この訓えが地上の飢餓を救い、地上を平和に導く鍵だと思ったのです。 それにしても“神を親とする霊的一大家族”とは、なんとスケールの大きい惚れ惚れとする訓えなのでしょう。私はこの訓えが大好きです。すべての人々の事をそう思えたら、なんと素晴らしい事でしょう。また、互いが互いをそう思えるようになったら、どんなにか住みやすくなるでしょう。 私たちが言うところの家族とは、肉体の絆で結ばれた家族の事です。私はそこに生まれる家族愛を、何ものにも代えがたい大切なものだと思い込んでいました。 しかしシルバーバーチは、そうした家族愛を間違っているとは言わないまでも、それよりもっと広い愛の方が上だと言っています。その広い愛とは、霊的家族愛の事だと思います。 全人類を我が家族を愛するが如く愛する事ができれば、「自分を愛するが如く隣人を愛せよ」というイエスの訓えの通りになります。しかし私たちは、何故この世限りの家族にこだわりとも思える愛を持ってしまうのでしょう。 私たちは生まれてからずっと家族の一員として沢山の愛情を
2004年9月2日
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