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【第26回】 ニューズレターの中で感じた二つの疑問
ニューズレターの内容は「厳しい」、「ハードルが高い」と人はよく言います。私も読み始めの頃はそう思いました。私の場合は、ニューズレターの内容と自分の心の有りようが余りにも違っていたからですが、余りの違いに読むのが辛くなることもありました。 しかし今では、ニューズレターがなければ、あの膨大な量の霊的真理のアウトラインを掴むことはできなかった、と思い感謝しています。今の私にとって、ニューズレターは霊的真理を効率よく学ぶ手引き書になっています。だからと言ってニューズレターの内容の全てが理解できているわけではありません。 これも又、私の霊的真理の理解度が浅いせいであり、もっと学んでいけば理解できると思って楽しみにしています。 さて、その中でも特に理解できなかったのが「マザー・テレサとボランティア」「性欲」の二つに関することでした。 まずは「マザー・テレサとボランティア」についてですが、世界中の人々は偉業を成し遂げたマザー・テレサが大好きですし尊敬しています。それは私とて同じです。 だからこそ、一緒になってマザー・テレサを褒め称え共感し合いたいのに、ニューズ
2005年9月15日
【第25回】第4回公開ヒーリングに参加して
去る6月5日、横浜のランドマークタワーで行われた、日本スピリチュアル・ヒーラーグループの公開ヒーリングに見学者として参加しました。 そこで感じたのは神と霊界の実在でした。 日常では得られない素晴らしい霊的体験によって至福の一時となりました。今回はそのことについてお話しさせて頂きます。 会場となったランドマークタワー周辺は、休日ということもあり、かなりの賑わいを見せていましたが、その中にあってヒーリング会場は全くの別天地でした。清々しい霊妙な雰囲気に満ちた会場は、そこにいるだけで癒されました。 直接ヒーリングは3名ずつ4回行われましたが、回を追うごとに会場の霊的エネルギーは高まり、私は3回目のヒーリングで今まで体験したことのない深い世界へと入っていきました。 心身の緊張から解放された心地よさは、この世にいながら神の世界へ招待されたかと思うほど心地よいものでした。 シルバーバーチが事あるごとに賛美している霊界を垣間見たような思いです。霊界の人々は、肉体の束縛がない分、常にこうした喜悦と自由の中で生活しているのでしょう。ヒーリングのお陰で私は霊界を身近
2005年8月15日
【第24回】スピリチュアリズムの祈りとは… - 2
先回に引き続きスピリチュアリズムの祈りについて見ていきますが、今回は 3. 最高の祈り・究極の祈りとは 4. 祈りの反応について それぞれ見ていきたいと思います。 3. 最高の祈り・究極の祈りとは シルバーバーチは、祈りの言葉は「何とぞ私を人のために役立てる方法を教え給え」というたった一言しかないと言っています。又「大霊とその子等のために一身を捧げたいという願いほど崇高な愛はない」と言っています。これによって、究極の愛とは自分を人のために役立てることであり、それを願う祈りが、最高の祈り・究極の祈りであることが分かります。それは又、利他的行為でもあります。 祈りの言葉には、祈る者の日頃の思いがそのまま反映しますから、霊性が高ければ高い祈りとなり低ければ低い祈りとなります。そこで真理を知った私たちスピリチュアリストは、常に最高の祈り・究極の祈りが出来るよう日常生活の全てにおいて霊主で利他的な生き方を心がけ、常に高い心境を保つ努力をしていかなければならないと思います。 そうすれば、自然と内容の高い祈りができるようになり、その祈りのバイブレーション
2005年7月21日
【第23回】スピリチュアリズムの祈りとは… - 1
宗教に付きものの祈りですが、たとえ無宗教・無神論者であっても、一度も祈りをしたことがないという人はいないと思います。人は窮地に立つと自然と神に救いを求めて祈りたくなるものですし、願いごと程度なら子供でもします。 神の存在を信じようと信じまいと、信仰心があろうとなかろうと、自分より大きなものにすがりたくなるのは人間の自然な姿であると思います。 私は、祈りは宗教上の儀式であり、取り立てていうほどの意味もなければ効果もない、形式的なものだと思っていましたので、シルバーバーチの霊訓に出合うまでは、祈りの重要性を全く知らずにいましたが、それでも祈ったことがないわけではなく、窮地に立てばいつの間にか神に向かって手を合わせていました。 祈りには、こうした個人レベルでの祈りの他に、集団で祈る国家レベルの祈りがあります。毎年8月15日の終戦記念日に行われる世界平和への祈りはその代表的なものですが、果たして祈りは本当に効果があるのでしょうか。もしあるのであれば祈りたいことは山ほどあります。 さてスピリチュアリズムでは、祈りは魂を成長させる実践項目の一つに数えられてい
2005年7月7日
【第22回】江原啓之著「スピリチュアルメッセージ」について
ひところと違い今では「スピリチュアル」という言葉をよく耳にするようになりました。精神世界の本のタイトルにも頻繁に使われ、この言葉が人々の間に浸透していくことは大変喜ばしいことですし、これから向かう霊中心の世界への前兆のようで嬉しく思います。が、しかしそれが正しく理解されているかと言えばそうではありません。 スピリチュアルなものは、目に見えないだけに余計に注意が必要です。真理をうまく取り入れ自己流にアレンジしている代表として今回は江原啓之氏の著書「スピリチュアルメッセージ」を取り上げますが、これは江原氏の個人的批判ではないことを始めにお断りしておきます。 同じ時代に地上に生を受けた神の子である霊的同胞について、取り上げるのは気が進みませんが、敢えて取り上げた理由は二つあります。 その一つは、江原氏のスピリチュアリズム関連の著書が予想以上に多くの人々に読まていることです。 これらの本は、書店でパラパラと見るだけで自己流にアレンジしたスピリチュアリズムであることは一目瞭然ですが、こうした書籍が、人々に受け入れられ広く読まれていることに対し、本物の真理を
2005年6月16日
【第21回】尼崎の列車事故に思う
多くの犠牲者を出した尼崎の列車事故は、日本中に大きな衝撃と悲しみを与えました。 事故に遭った方々、特に親族を亡くされた方々の心痛はいかばかりかとお察し致します。また負傷された方々には一日も早く快復されますようにお祈り致します。 この度の列車事故について、シルバーバーチの霊訓を学んでいる方から次のような内容の質問がありました。 亡くなった方々のことを霊的にどう考えたらよいのか。その方々は今どうしていらっしゃるのか。テレビ番組で霊能者が事故で亡くなった人の霊と交信しているのを見たが、そうした霊は地上に沢山いるのだろうか。「500に及ぶあの世からの現地報告」を読むと死は幸せで楽しそうだが、しかし突然家族を失ったらやっぱり悲しいし寂しい。損傷した遺体を見たらやり切れないと思う。どう考えたらよいのだろうか。 霊訓を学んでいる者なら、この度の事故をただ悲しい出来事として見るのではなく、霊的観点から捉えよう・考えようとするのは当然のことですし、またそうすることで冷静に受け止め心を霊的に収めることができます。今回は、尼崎の列車事故を霊的観点から考えてみたいと思い
2005年6月2日
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